ミルククラウン





ゆっくりとカップにミルクを注いでいた手を一度止め、持っているミルク壷を少し高く掲げるとカップの中に一滴だけ落とす。
小さく音を立てながら一瞬だけ独特の形を作ったカップの中身をメリーとピピンは不思議そうな顔で見つめると目の前の相手に視線を向けた。

「何やってるの?ボロミアさん」

「もしかして最後の一滴だった?」

エルフの手による美しい装飾のミルク壷を脇に置いて自分の席に座りなおすと、ボロミアは二人に優しく微笑んだ。

「ああ、これはわたくしの癖のようなものですからお気になさらずに」

ただの癖なら特に意味は無いのだろう。 それでもその癖は目の前に居る大きな人には似つかわしくないような気がして二人はつい聞き返してしまう。

「ボロミアさんの癖?」

「ミルクを跳ねさせるのが?」

「ええ。弟には子供のようだと笑われるのですが、どうもこうしないと落ち着かないのです」

ちょっと困ったように微笑みながらのその言葉にメリーもピピンもやっぱり…と思わずにはいられなかった。 こんなに立派な大きな人が小さな子供のような癖を持っているのはひどく不似合いだけれど、何だかちょっと可愛らしい気がする。

「お茶を注ぐ時も?」

「お酒を注ぐ時も?」

「いいえ、ミルクの時だけですよ」

「それっておまじない?」

「それともゴンドールの風習?」

「残念ながら、そのどちらでもありません」

ボロミアはどこかのすぐに怒る魔法使いとは大違いで、二人掛りで畳み掛けるように聞いてみるても丁寧に答えてくれる。 それにそんな些細な事まで嫌がらずに話してもらえるなんて、何だかとっても仲良くなれた気がしてすごく嬉しかった。

「じゃあどうして?」

「もしかして、秘密?」

ボロミアはわくわくしながら期待に満ちた目を向けてくる小さい人達を見て楽しそうに笑いながら答える。

「残念ながらあなた方の期待しているような秘密というものはありませんよ。本当に癖なのです」

「昔から?」

「意味も無く?」

「そう、幼い頃からずっとです。意味は…まあ、無くもないですな」

「「どんなっ!?」」

一度言葉を切ってから思わせぶりに呟いたボロミアの言葉に、好奇心旺盛なホビット達は一も二も無く飛びついた。 その二人の真剣な表情に、溢れ出しそうになる笑いの発作を堪えながらボロミアはもう一度ミルク壷を手に取った。

「こうして…カップに注いだミルクに最後に一滴だけ落とすと…」

そう言いながら落とした一滴は微かな音と共に弾け、カップの表面に小さな漣が浮かぶ。

「独特の雫が跳ねるでしょう?これをミルククラウンと言うのだと教えてくれた方がいたのです。 あまりに幼い頃の事ですので、その時の事は殆ど憶えてはいないのですが、わたくしはそれをとても気に入ったのですよ」

『こうして最後に一滴落とすと…ほら、まるで白い王冠のようだろう?これをミルククラウンと言うのだよ』

「誰の頭上にも戴く事無き白き王冠だ…とそう言われた言葉と、一瞬だけの白い王冠がとても気に入って…それだけは今でも忘れていないのです」

微かな記憶を辿るかのように、どこか遠い目をしてその刹那の王冠の名残を見つめるボロミアはとても穏やかな表情をしていた。
その表情に二人は益々好奇心を刺激されて更に質問攻めにする。

「じゃあ誰がそれを言ったかとかは?」

「残念ながら…」

「忘れちゃったの?」

「ええ、そうなのです。ただ、誰であるかの予想はついております」

「誰?」

「家族の人?」

そこまで聞いた所で、今までは丁寧に質問に答えていたボロミアが、ふと言葉を途切れさせた。
突然訪れた沈黙に不思議そうな顔で覗き込んでくる二人に向けて、今までと違う笑みを浮かべたボロミアが声を潜めて重々しく口を開いた。

「それは……内緒ですな」

「ええ〜!?」

「ここまで話しておきながら?」

「申し訳ありませんが、わたくしだけの秘密です」

「「き〜に〜な〜る〜!!」」

今にも暴れそうにジタジタしている小さき人達の猛烈な抗議は笑いながらあっさりと受け流された。

その後も二人は何度も聞き出そうと頑張っていたが、件の人が誰であったかは最後まで教えてもらえなかったという。



◇ end ◇



時期的には裂け谷で知り合ったばかりの時。
メリーとピピンがボロミアを大好きになったお茶会での話です。

それにしても、幼いボロミアを餌付けした人物…バレバレですね(笑)
きっと「そなただけの王冠だ」とか何とか言って喜ばせてたんでしょう。
ちびボロは彼に懐いてたんだろうな、と思うと楽しくて仕方ありませんv





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