眠りに就こうとする私の髪を梳く長い指先 時折そっと頬を撫ぜる手の平 何かを与えるでもなく 何一つ奪うでもなく ただ私をなだめる大きく優しい手 私はどれほどその手を必要としているだろう |
眠りに就こうとしながらもわたくしを抱きしめてくる 時に背に時に頭に廻されるその腕 何かを与えるでもなく 何一つ奪うでもなく ただわたくしを導くような長く温かい腕 わたくしはその腕にどれほど救われているだろう |
涼を取る為にわずかに開かれていた窓から、涼やかな風が入ってくる。 ボロミアはその風を心地良く受けていたが、ふと何かに気付いたかのように動きを止めた。 軽く覗き込むようにして腕の中の気配を窺うと、髪を梳いていた相手はいまだ眠りに就いていない。 「まだ 起きておられるのですか」 静寂を破らないように囁くような声で話し掛けると、それを待っていたかのようにすぐに返事がもどってきた。 「眠る気になれないのでな」 低く穏やかな声が耳に心地いい。聞きなれている筈のその声の響きはいつも自分を惹きつけてやまない。 もっと聞いていたいと思ってしまう感情を抑えて、わざと抑揚をつけない声を出す。 「明日も早いのですよ」 「王におかれましては朝方から御気分が優れぬとの由。よって本日の政務は自室にて執り行われ、 執政の君には政務においての補助とその無聊をお慰めする為に、共に王の自室に詰められる…というのではどうかな」 「またそのような我儘を仰る」 つれない言葉に対する意趣返しを込めて芝居がかった口調で語られる言葉に、ボロミアが困ったような微笑を浮かべると、 その気配を察したアラゴルンが伏せていた瞼を上げて視線を合わせながら、笑みを含ませた声で呟いた。 「よいではないか。私が我儘を言える相手などごく限られているのだ」 「聞ける我儘と聞けぬ我儘があるのですよ。わたくしを困らせて楽しむだけならば兎も角、 敬愛してやまない陛下が御不調だなどという事になっては国民が心配致します」 いかにもボロミアらしいその言葉を耳にして、アラゴルンは愛しげに目を細めた。 「あなたは本当にゴンドールの申し子なのだな」 そう言ってその真っ直ぐな金色の髪を一房愛しげに手にとる。 「あなたの紡ぐ言の葉は、我らが国を愛しむ響きばかりだ」 正直、少々妬ける。という言葉を、さらさらとした髪の感触を楽しむ事で辛うじて呑みこんだ。 ボロミアは少しの間、そのままアラゴルンの好きにさせていたが、やがて真摯な光を瞳に乗せて静かに口を開いた。 「わたくしはその愛しいゴンドールの全てを貴方に捧げているのです。我が王よ」 そして自分の髪に遊ぶアラゴルンの手を優しく捕まえると、その指先にそっと唇をよせる。 「我が身にも等しいこの国を民を、我が魂の主である貴方に…」 「ボロミア…」 ひどく敬虔な所作で口付けると、祈りを捧げるかのような響きで言葉を紡ぐ。 「どうか導いて下さい。我が身を我が魂を…貴方の その腕で」 捉えた指先を自らの大きな手で包み込むと、そのまま左胸の上に導く。 初めて誓いを立てた時に剣をその胸に置いたように…今ここで捧げるのは、剣ではなく命そのものなのだというかの如くに。 「あなたは…自分が今何を言ったのかが分かっているのか?」 「偽りなき心の声を」 躊躇う事無く即座にそう答える目の前の相手の姿に、アラゴルンは小さな苦笑を交えた溜息を吐いた。 「まこと 執政の君は人の心を捕える事に長けておられる」 「そうでしょうか」 至極真面目な顔でそう言ったボロミアに、大真面目な顔で答える。 「そうだとも」 少なくとも私の心は完全に捕われている。そう付け加えるとアラゴルンは誇らしげに笑った。 「流石は私のボロミアだ」 ボロミアは一瞬、その言葉の繋がりは些か不自然なのでは?というような声が聞こえてきそうな顔をしたが口には出さず、 僅かに考える表情をした後に、わざと話の方向性を変えた。 「ではわたくしの言葉を受け入れて、お休みになって下さいますかな」 「あなたのその手が私をなだめてくれるならば」 「このような手でよろしいのならば、どれほどにでも」 幼子に言い聞かせるような響きを持った言葉に、笑顔で我儘を返すと優しく受け入れてくれる。 「ならば大人しく眠るとしよう。お休みボロミア、我が愛しき執政の君」 「お休みなさいませ陛下。わたくしの…アラゴルン」 寝坊は許しませんよ。と最後に囁かれた彼らしい言葉に、それはあなた次第だ、 と笑って返すとなだめるように優しい手が与えられる。 アラゴルンは心地良いその感触を存分に味わいながら、ごく自然な仕草でボロミアの背に腕を廻して瞳を閉じた。 やがて二人は互いの穏やかなぬくもりに満たされ、ゆっくりと優しい眠りの波に身をまかせていった。 ◇ end ◇ 何だか書いてて照れくさい(笑) |