「それはどういった意味でしょうか?」 仲間達も寝静まった夜半過ぎの森の中に常と変わらぬ静かな声が流れる。 ……全然同様していない…と言うよりも、分かっていないのか? 始めから予想された事態とはいえ想い人のつれない口調に、アラゴルンは思わず溜息を吐いた。 だが冷たい言葉の一つや二つで挫けていては、この俗世間から外れまくった白の塔の公子様は永遠に手に入らない。 いや…そんな事は最初から分かってたではないか。私は今日こそは!と決めたのだ!! アラゴルンはすぐに先程の固い決意を思い出し、視線をしっかりと合わせると再び想いを告げる。 「ボロミア、私は本気だ…あなたの事が好きなのだ」 …が! 「だからそれが分からないのです」 一刀両断。 情け容赦の無い言葉が、アラゴルンの決意を叩き潰す。 「…いくら何でも、好きだと言ってる相手にそれはないのではないか?」 哀しい気持ちでがっくりと肩を落とすアラゴルンを、ボロミアはしばらくの間黙って見ていた。 もちろんアラゴルンとてすぐに返事をもらえると思っていた訳ではない。 訳ではないが…出来れば「突然そのような事を言われても…」と恥らってくれるとか、「そのような事が許されると…思っているのですか」と動揺してくれるとか… せめて「アラゴルン、わたくし達は…かけがえのない仲間ではありませんか」と困った様に言ってくれるとかがあってもいいのではないかと思う。 いくら何でも「意味が分からない」はあんまりではないだろうか。 「…アラゴルン、説明して下さる気はないのでしょうか?」 これだ。 ボロミア、あなたは由緒正しい執政家の公子様だからいいようなものの、そんな事では世間様では通用しないぞ。 …と言いたいところだが、それは世間とはちょっとばかり違う常識を持つボロミアには通じない。 きっと白の塔で大切に大切に大切に育てられたのだろう。その状態が目に見えるようだった。 アラゴルンは深い溜息を吐くと俯いた顔を上げ、力なく話を続ける。 「ボロミア、私はあなたに惚れてしまったのだよ。つまりその…愛しているのだ」 盛り下がった気分でこんな告白をするのは何とも気恥ずかしいやら情けないやら…きっと今度は頭がおかしいとか言われるのだろうな、 と思いつつボロミアを見ると、その整った眉間にはくっきりと皺が刻まれていた。 もしかして怒っているのだろうか? そうだな、そんな選択肢もあるのだろう。 というよりも、彼の場合はそれが当然なのかも知れない。それもこちらの意図をきちんと理解していれば…の話なのだが。 ますます盛り下がった気分でいると、ボロミアが間近に寄ってきた。 そのまま無言で胸倉を掴まれる。 何も殴るまでしなくてもいいだろうにと思う。告白したら殴られたというのでは、あまりにも虚しい。 よく惚れた方が負けだと言うが、これでは負けどころか全く馬鹿みたいである。 いっそ既成事実でも作ってしまった方が手っ取り早いだろうか。その場合には強引に押し倒すよりも、無理矢理引き倒した方が効果的だろうか。 責任を取らせるという方向性で話を持っていった方が、後々選択肢が広がっているような気が… などと考えを巡らせていると、いつの間にか口付けられていた。 驚愕した。 あまりにも驚いたので、されるがままになってしまった。 ボロミアは軽く口付けただけですぐに身を引き、胸倉を掴んでいた手を離すとその手をそっと頬に滑らせる。 「このような意味なのかと思いましたが」 今度は耳を疑った。 その言い方ではまるで口説いているかのようではないか。 この世間知らずの公子様はいったい何を考えているのだろう。…いや違う、そうではない。何を考えているかは分かっている。私の真意を探ろうとしているのだ。 問題はボロミアが自分の行動の意味を…その行動が及ぼす私への影響を理解しているのかどうかという事だ。 ………………。 分かっていない…ような気がする。 しかし!どう考えてもこの機会を逃す手はない。上手くやればこの後、いい感じの関係に持っていけるはずで… 「アラゴルン」 間近で呼ばれて、つい自分の考えに浸っていた事に気付いた。曖昧な返事を返すと綺麗な緑の瞳が真っ直ぐに私を見つめている。 「違いましたかな?」 「い、いや違ってはいない!違ってはいないのだが…」 どう言えばいいというのだ。 まさか、私の気持ち的には全然間違いではないが、あなたは何か勘違いをしているのではないか…とは言えない。 そこまで出来るのならばその先を続けさせて欲しいのだが…とも言えない。 頭を抱えたい気分で悩んでいると、ボロミアはその長い指で私の前髪をかき上げて視線を合わせてきた。 「では何故そのような顔をなさるのです」 どんな顔だろう。百面相でもしていただろうか。 そう考えてつい渋い顔をしてしまった途端にボロミアの口元に微かな笑みが浮かんだ。 そうか、先程もこんな顔だったのだな。まあ、それは別にいい。問題は… 「あなたの気持ちが分からないのだよ、ボロミア」 分からないから渋い顔になるのだ。これ以上苦労の跡が増えたなどと言われるようになったら、それはボロミアのせいだ。 「わたくしの気持ちが?何故です」 「ボロミア…それは私が言いたい。少なくとも私は気持ちを告げたのに分からないと言われたのだから」 それなのにいきなりこの状態。正直に言えば嬉しいのだが、この中途半端な状態にはどう対処したらいいのだろう。 そんなアラゴルンの気持ちを知ってか知らずか、ボロミアは平然と言葉を続ける。 「好きと言っても色々ありますからな」 「…ボロミア?」 「同様に愛の形も様々です。貴方がどのような意味でわたくしにそう仰ったのかが分からなかったので、そう尋ねたつもりだったのですが… どうもわたくしは考えを伝えるのが得手ではなくて…」 あれは……得手とか不得手とかそういう問題だろうか。 「ですから分かりやすく伝えてみたのですよ。どうやら間違ってはいなかったようですな」 そう言って人の悪い笑みを浮かべるボロミアはどこか楽しそうにも見える。 もしかしたら、からかわれているのかも知れない。 それならそれでいい。少なくとも自分の気持ちは伝わっているようなのだから、この状態から始めればいいだけだ。 「…了承と取ってもいいのだな」 アラゴルンはようやく自分のペースを取り戻してきた。 「さあ、どうでしょうか」 「ボロミア…」 「わたくしは手強いですよ。何しろその手の事には鈍いですから」 それでもよろしいか?と言外に聞こえるようなボロミアの視線をアラゴルンは今度こそ真っ直ぐに受け止め、いつもの笑みを浮かべて見せた。 「だが嫌ではないのだろう」 「そう。嫌ではありません。ですが今はそれだけです」 「『今は』…だな」 わざと念を押すと、答えをはぐらかすように笑う。ボロミアはそのまま立ち上がり一度周囲を見廻してから、ゆっくりと歩き出した。 「今夜はもう遅い。休んでもよろしいですかな?」 「あなたは今、不寝番ではなかったか?」 背を向けたままの姿を不思議に思いながら尋ねると、ボロミアは足を止めて顔だけで振り返った。 「ええ、『今は』…ね」 その微笑に一瞬動きを止めたアラゴルンだったが、すぐにいつもの表情に戻って降参の意を示して見せる。 「『今は』…だな」 もう一度そう繰り返して、そのまま去って行くボロミアを見送った。 しばらくすると自然に笑いが込み上げてきた。一頻り小さく笑うと、静かに立ち上がる。 「そう、『今は』だ。だがこれからはどうかな…」 何しろ本人の許可が降りたのだ。大人しくしているつもりなど全くない。 取りあえず、明日からの作戦を練りながら周辺を見廻ってくるとしようか。 アラゴルンは音を立てずにその場を立ち去ると、久しぶりに安らいだ気分になりながら森の奥へと向かった。 その後、運悪くオークに出会い怪我までして、翌朝ボロミアに怒られたらしいが、それでもアラゴルンは嬉しげに小言を聞いていたという。 ◇ end ◇ アラゴルンやボロミアというよりもむしろ口調を変えたV氏やS氏のような……… 帰って来い、自分! |