朝靄の立ち込める中、小さな泉の辺に聞仲は佇んでいた。 大気が心地よく澄んだこんな日の早朝は、普段は篭っている執務室から出て、こうして泉に訪れるのが常だった。 太師府の一隅にあるこの泉は、主である自分に遠慮してか、訪れる者は皆無に等しい。 自分の他にはもう一人…今こちらに向かっている、優しい気の持ち主だけだった。 未だ幼く修行中の彼は、普段太師府に立ち入る事を許されていない。 それでもこんな日の朝は、こっそり自分に会いにきてくれる。 それがとても嬉しく、そんな彼がとても愛しかった。 もうすぐあの岩場を越えてここにやってくるだろう。 そして零れるような笑顔で自分を呼ぶのだ。 『太師!』と… 目覚めたら、大気がとても澄んでいた。 こんな日はあの泉に行くのだ。 部屋をこっそり抜け出して、厳しい父親の目を盗んで…大好きなあの人に会いに行こう。 飛虎は夜着の上から上着を羽織っただけの姿で、泉に向けて全速力で走り出した。 修行は好きだったが、太師府に行けないのも彼に会えないのも嫌だった。 大好きな人に会えないのは寂しい。 だからないしょで会いに行く。 見つかったら怒られるけど、会えない方が辛いから… きっと今日はあの泉に来ているはず。 あの岩を越えたら、微笑んで向かえてくれるはず。 そしていつものように言ってくれるのだ。 『どうしたのだ?』と… 「おはようございます、太師!」 「どうしたのだ飛虎、そんなに息を切らせて」 ◇◇終◇◇ 短くてごめんなさい(汗) |