武成王旅日記



視察という名目で朝歌を追い出され、渋る相手と二人だけで「遠乗り」としか言えない状況に置かれること数時間。
当然だが、太師様の機嫌はすこぶる悪かった。


「いいかげん機嫌直せよ、聞仲」

オレは気持ちのいい風を感じながら、上機嫌で隣を進む恋人親友である聞仲を振り返った。

「直せると思っているのかキサマは!」

しかし気難しい太師サマは未だに仏頂面をくずさない。
折角の雲一つ無い青空も、草原を渡る爽やかな風も、まるで気付かないかのように、地の底から響いてくるような声で文句を言い続ける。

「大体視察など黒麒麟に乗っていれば一日で終わるものを、わざわざ馬で…しかもお前と共にというのはどういう事だ!!」

まあコイツは結構視野が狭い一つの事を長く考えるタイプだからな。
仕方ないとは思うが、いいかげんしつこいちょっと長いよな。

「だからぁ、陛下が言ってただろうが。『いい機会だから禁城からでは見られない民草の暮らしを、太師と武成王の二人で見てくるとよい』ってな」

「ふん、何の『いい機会』だというのだ。宴か?船遊びか?『普段は見られない民草の暮らし』だと?お前など何時だって民に混じって市井に降りているではないか!」

うわぁ、ヤブヘビι
実際、その通りだけどよ。

「…まあどう見ても、厳格な太師様と、普段は陛下の味方でも太師には頭が上がらない武成王の二人を纏めて遠ざけて、羽目を外そうって魂胆だよな」

さりげなく話題を自分からそらそうとしたが、思いっきり睨まれてしまった。

「それが分かっていながら何故、陛下の味方をした!」

ついでに怒鳴られた。

しかし、それは事前に話が通っていたからです。…とは絶対に言えない。
しかも太師に頭が上がらないって事を否定してくれねぇしよ。
何気にひでぇよな。

「まあそう怒るなよ。普段は激務に追われている太師様に、たまにはゆっくり休んでもらいたいってのが陛下の御心情なんだからよ。ここはありがたく御好意を受けておけって」

実際、それは嘘ではないのだ。
特にここ最近、人事の異動やら禁城の改修工事やらのゴタゴタで、太師官邸に帰ることも出来ない日々が続いていた。

そんな聞仲がようやく一息つけるような状態になったのを見計らって、たまにはゆっくりと羽を延ばしてもらおうとの陛下からの御配慮だった。
…尤も、一番羽を延ばしたかったのは陛下御自身であり、さっき言った通りの魂胆が根底に隠されている事はミエミエ想像に難くなかったが。

「だからと言って何故お前まで一緒なのだ。太師と武成王が同時に禁城を離れてどうする!」

そりゃ勿論お前が心配だから…と心では思ったが、それは言わねぇ。
代わりに礼を取り恭しく拱手する。

「この武成王黄飛虎、光栄にも『太師の護衛』なる大任を陛下から直々に拝命致しました。微力ながらも太師の御身を御護りさせて頂く為に一命を賭したいと思う所存にございます」

「馬鹿者が!!武成王たる者が軽々しく一命を賭してどうする!大体私はキサマに護られる程に弱くなど無いわ!!」

途端に罵声が飛んだ。

「ひでぇ…俺だってそこまで言われる程弱くねぇだろうが。太師を護るのだって武成王としての正統な仕事だしよ」

それに…とオレは真面目な顔をして続ける。

「禁城は俺やお前の部下達が責任を持ってしっかり預かってくれてる。あいつらは数日間くらい俺達が居なくたって、きっちり仕事して殷を支えてくれるさ。もしもの時は黒麒麟がお前を呼びに来る手筈になってもいる。それがそんなにカリカリするような事か?俺達の部下はそんなに無能か?」

「そういう…訳ではないのだが」

一瞬前まで激昂していた太師サマが、居心地悪げに口篭もる。
こういう正論で攻めてやると、自分の部下達の為に折れるしかないんだよな。
それでも往生際悪くまだ何か言おうとしている聞仲の背を軽く叩いて、さりげなく反論を封じると、いつの間にか立ち止まってしまった馬達に先を促す。

「まあ落ち着かないっていうのは分かるけどよ。ここまで来ちまった以上、諦めて大人しくするんだな。折角の二人っきりの旅行なんだしよ」

「『視察』だ」

憮然とした声で即座に返されたんで、その様子が却って微笑ましい面白いくらいだ。

「気にすんなって!」

休暇だ休暇…と楽しく笑うオレをを一つ殴って、聞仲は仕方なく怒りを納める事にしたらしい。


◇◇終◇◇



二人で旅行している時に飛虎が書いた旅日記です。
一部修正が入っているのは、多分見つかった時に修正を強要されたんでしょうね(笑)

この話は旅に出て一日目の昼間の事なので、もしかしたらその内、二日目とか三日目とかの日記が出てくるかも知れません。



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