誕生日



「太師の誕生日って何日なんだ?」

その小さな手に相応しからぬ大きな力で外套の裾を握り締めた武成王の御自慢の嫡子は、 低い位置からこの国の太師の顔を覗き込むとニコニコしながら話し掛けてきた。

「……何だ?藪から棒に」

飛虎の言葉は聞仲の意表を突いていたので、自然と声が不機嫌そうな響きになってしまう。 しかし飛虎はそんな聞仲の態度をまるで意に介さず、楽しそうににっこりと笑いかけてくる。

「だって聞いてなかったからさ」

誰もが恐れる殷の太師を相手に物怖じする事無く纏わりついてくる姿は一部の者達を大層ヒヤヒヤさせたが、 天性の愛嬌と人懐っこさで多くの者達から微笑ましいと言われ愛されていた。
感情を持たないとまで噂されていた殷の守護神ですら、この少年には微笑みを向けるのだ。 今も不機嫌そうな声音をしてはいても、その口元には僅かな微笑が浮かべられていた。

「私の誕生日…か」

「うん。いつなんだ?」

期待に満ちた飛虎の視線を受けると聞仲は膝を折って目線を合わせる。そしてゆっくりと諭すように話しだした。

「残念だが、それを知る者はこの殷にはもう居らぬのだよ」

「え?…何だよそれ」

「知っているとすれば私自身のみなのだがな。すでに300年程昔のことゆえ…もう憶えてはおらぬのだ」

それは聞仲にとって只の事実であり、今更自分の産まれた日などに感慨など無かったのだが、 どうやら飛虎にとってはそれだけでは済まないらしい。真剣な顔をして詰め寄ってくる。

「じゃあもしかして、お祝いしてもらったこと…ない?」

「ああ」

「プレゼントもらったことは?」

「その様な事、考えた事も無かったな」

気にするなとでも言うように、口調に柔らかい響きを乗せてそう言ったが、飛虎は哀しそうな顔をして小さく呟いた。

「それって…何だか寂しいよな」

大勢の家族に囲まれて育った飛虎は、家族的な繋がりを誰よりも大切にする。例えそれが自分自身の事では無くても、 当人よりも気にするのだ。
飛虎のその優しい性格を、真っ直ぐな気性をよく知っていた聞仲は、小さく微笑むとその稲穂色の髪をそっと撫でてやる。

「お前が気にする事など何一つ無い。今までずっとそうだったのだから…」

そう言って哀しげな色を宿した青空色の瞳を覗き込むと、その青が一気に深くなり何かを強く決意した光を宿した。

「よーっし!わかった!!じゃあこれから毎日誕生日にするぞ!!!」

「…………は?」

その唐突な意見についていけずに珍しくもうろたえた声を出してしまった聞仲に構わず、 すっかり元気を取り戻した飛虎は強引に話を進めていった。

「毎日誕生日にすれば、今までの分なんてすぐに取り戻せるぜ!!」

「……そういった問題ではないと思うのだが…」

「なに言ってんだ!そーいった問題じゃねぇか!!」

戸惑う聞仲が控えめな反対意見を口にしたが、それは当然の如く跳ね返される。
そして飛虎は服をごそごそと探ると、隠しから何かを取り出した。

小さな饅頭が二つ。

「おふくろの手作りなんだ。すっごくウマイんだぜ!ほらっ!!」

勢いに押され、これ以上は無い程に飛虎らしいプレゼントを受け取ると、満面の笑顔を浮かべて拍手された。

「太師!今日の誕生日おめでとう!」

「…ありがとう、飛虎」

その無邪気な姿のあまりの微笑ましさに、このような誕生日ならば毎日あってもいいかも知れぬと思いながら、 貰った饅頭の一つを口にしてみる。

甘く優しい味がした。

「ああ、お前の言った通りだな。とても美味しい」

「そうだろ!よーし、明日は月餅作って持って来るからな」

「作って…か?」

「うん。おふくろと一緒に作ってくるよ」

「そうか。では楽しみにしていよう」

「おう!期待して待っててくれよ!!じゃあオレ帰る。また明日な!」

バタバタと賑やかな足音をさせながら走り去る後姿を見送りながら、相変わらず不思議な子供だと思った。

誕生日。
誰一人、本人でさえ気にした事がなかったものを、当然の事の様に尋ねてくる。
小さな友人の突然の言動は、今まで会った誰ともまるで違っていて何時も驚かされればかりだ。
掌の中に残った小さな饅頭をしげしげと眺めながら、聞仲は不思議な気分を味わっていた。

「明日は月餅か…楽しみだな」

そう呟きながら口の中に放り込むと、控えめな甘さが広がった。 ゆっくりとその甘さを味わいながら、ささやかな幸せが約束された明日からの日々の事を考えてみる。
以外に律儀な飛虎は、きっと朝一番で『プレゼント』を持って来てくれるのだろう。部屋中に響き渡る大声で挨拶をしながら…

『おはようございます!!太師、今日の誕生日おめでとう!』


そしてまた一日が始まっていくのだ…



◇◇終◇◇



天然VS天然の愛情物語り…というより「小さな恋のものがたり」でしょうか?(笑)
相手が子供な分だけ、太師のガードが甘いです。 飛虎!手なずけるなら今だ!子供相手だから騙されてくれるぞ!(笑)
そんな訳で、ちび飛虎の話の時はラブラブ3割増なのですv




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