音も無く降り積もる雪は、見覚えのある光景に似ている。
灯りに照らされ、淡く光を纏いながらひらりと目の前を過ぎる儚い結晶。
闇の中に踊る純白。静寂の中に降り積もる無音。
夢の軌跡のように天から降りてくる雪は、過去の記憶を呼び覚ます。
世界から解き放たれてしまったあの時。全てを手放してたった一つを手に入れたあの場所。
止まった時間と歪んだ空間。ゆっくりと漂っている淡い光たち…

瞳を閉じて、今はもう遠い場所に思いを向けていると、大きな手が背後からそっと自分を包む。

「寒くねぇか?」

低く、耳に心地良く響く優しい声を聞いていると、それだけで自然と笑みが浮かぶ。

「寒くなど…そのような感覚を意識していたのは「人」だった頃の事だ」

時の流れの中に身を置き、死すべき運命の中で精一杯生きていた遠い昔… その頃感じていた世界は辛く厳しく、それでも眩しい光に満ち溢れていた。人として自分として懸命に生きていた。
今はもう遠い昔の…

「何だ?まーたそんコト言ってんのか?俺なんかキッチリ寒さを感じてるぜ」

そう言いながら大きな身体でぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。

「こら、苦しい」

たしなめると、そうか?と笑いながら少しだけ力をゆるめた。

「苦しさを感じんるなら寒さも感じられんだろ? んで、寒さが感じられるからこそ、こうやってあったかい幸せってのがあるんだぜ」

人懐っこい笑みを浮かべて顔を覗き込んでくる子供のようなこの大男は、見た目のガサツさとは裏腹に細やかな心配りが自然に出来る。 今もこうして過去に向かって沈んで行った心を優しく引き上げてくれる。

「…似ているな と思ったのだ」

傍にいると心にしまっていた言葉が自然と漏れてくる。

「音も無く降り積もっていく雪が、あの場所に似ていると…そう思ったのだ」

心を声に出すと、形にならない思いまでもがゆっくりと言葉に解けていく。
それだけで、ゆるゆると楽になっていく。
きっと…こうして解けていく自分を見ることが、目の前の相手の心をも解きほぐしてくれるのだろう。
だから自分達は共にいるのだ。
終わらない時をずっと共有していく。二度と自分を、世界を、大切な全てを見失わない為に…
そう思いながら視線を向けると、何かを考えるような表情をしていた。

「どうした?」

不思議に思って尋ねると、いやあの場所のコトなんだけどな。と言って遠くに顔を向けた。

「…俺としてはあっちの方が似てるんじゃねぇかと思うぜ?」

と指差された方向を見てみると、そこにはキラキラと輝く七色の光と巨大な影。

思わず笑いが込み上げてしまった。

「まったく…お前には敵わんよ。確かに似ているな…外観は」

「だろ?」

自慢気に胸を張る姿がまた可笑しくて、ひとしきり笑いあう。そしてゆっくりと身体を離し、手を差し伸べた。

「では行くとしようか。懐かしの場所へ」

「おう。折角だからじっくりと見物して行こうぜ!」

二人、手を取り合って進む先には 幸福な一夜を過ごす者達の幸せなざわめきと眩い光の明滅… その全てを受け止めて誇らしげに聳える一本の木。


世界で一番祝福された、その 夜の… 






ま、間に合った…
固有名詞が一切出てこないクリスマス話です。
だからと言って「クリスマス」とか「ツリー」とかいう単語は使ってもいいんじゃないのか?と自分でも思ってみたり…
神様な二人と現代のクリスマスでした。




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