指輪戦争が終結し、戦の後始末が終り、帰還した王の戴冠式も無事に済ませ、ゴンドールでは全ての民がようやく手に入れた平和を心から満喫していた。 永遠に消え去った東の闇の脅威を誰もが喜び、この平和を与えてくれた新たな王とその旅の仲間達とを祝福したが、本来ならその場に居るはずだった人物… 民達が敬愛してやまなかったその人の不在は言葉にされないまま、皆の心に深く刺さった棘のような痛みを与えていた。 それは彼と共に旅をして来た仲間達にとっては今も塞がらぬ深い心の傷だった。 それでも日々は穏やかに過ぎていく。生きている者達には、この場に居ない者達の分まで果さなければならない事がいくらでも残っている。 その日も、いつも通りに新執政のファラミアと政務の話をしていたアラゴルンは、何やら自分の元へと凄い勢いで向かって来る騒々しい気配を感じて書類から顔を上げた。 「どうかなさいましたか?陛下」 野伏であった王ほどには感覚の鋭くないファラミアは怪訝な顔をしたが、その後すぐにその騒がしい気配に気が付き僅かに眉を顰めた。 「一体何事でしょう。オークの残党でも現れたのでしょうか」 もしそうならば至急兵を整えなければならない。北と南の野伏達ならばすぐにでも出陣できるはずだ。 平和な時代になったとはいえ、モルドールの脅威の残骸は今も各地に残っている。その脅威を払い、民を安寧に導くのも国を預かる者達の勤めの一つだ。 「いや、それにしては殺気が無い。追い詰められた感じもしない。あの気配は…ああ、ガンダルフ達だな。 しかし彼があれほどに気配を乱すとは…よほどの事があったに違いない」 そう言うとアラゴルンはさっさと書類を片付け始めた。事務処理があまり…いや、かなり苦手な王のどこか嬉しそうな姿に、ファラミアは小さな溜息を一つ吐いた。 今日こそは王を一日執務室に閉じ込めて溜まった書類を終わらせようと思っていたのに…また決算が先送りになってしまう。と心の中で呟いてみる。 何しろ王はどんな小さな呟きでもその耳で拾ってしまうので、うっかり愚痴を言う事も出来ないのだった。 それにファラミア自身、ガンダルフと話をするのが好きだった。今は白になってしまった灰色の賢者との会話ならば、必ず何かしらの有効な助言が得られるだろう。 それを思えば一日くらいの政務の遅れなどは気にする事もない。ファラミアはそう考えるとガンダルフが来る前に…と大人しく卓上の書類を整理し始めた。 ガンダルフは執務室に辿り着いた途端、案内も請わずに杖の石突で乱暴に扉をノックすると返事を待つ事なく、ものすごい勢いで室内に入ってきた。 無言でズカズカと近寄ってくる後ろには飄々としたエルフと真剣な顔のドワーフ、そして必死で走ってきたらしい苦しそうなホビット達を従えていた。 旅の仲間達が全員真面目な顔をしたまま無言で室内に入ってくる様子に、さすがのアラゴルンも姿勢を正す。 ファラミアはさりげなくガンダルフに席を譲ろうとしたが、これも無言で制された。 「何があったのです、ガンダルフ」 アラゴルンが静かに話し掛けると、ガンダルフはまずこれを読めと一冊の古書を差し出した。 「これは?」 見た事もないような不思議な表装の本にファラミアが興味を示すと古いエルフの本だと教えられた。上のエルフが記したものであろうと。 「昨夜遅く、森の奥方から届けられたのじゃ」 「森の奥方…エルフの黄金の森、ロスロリエンの明けの星と謳われる、かのお后からですか?」 エルフの書物というだけでも貴重なものだというのに、噂に聞く森の奥方からの届け物となれば、どれほど貴重なものだろうか。 そう考えるとファラミアはどうしても好奇心に勝てず、その書を慎重に捲るアラゴルンの横にさり気なく移動した。 「ファラミア、見たいのならそう言え」 すかさず声を掛けられたが、ファラミアはよろしければ後程ゆっくりと拝見させて頂きたいと存じます、と無難に答えて覗き込むだけにしておいた。 …が、その我慢もアラゴルンがとあるページを捲った途端に綺麗さっぱり吹き飛んでしまった。 そこに記してあったのは… ファラミアは敬愛する王を押しのけるほどの勢いで本に近づいたが、アラゴルンの方も近づく執政を跳ね飛ばす勢いでガンダルフに顔を向ける。 「こ、これは!!?」 「ガンダルフ!!これは本当に信用できるのか?」 かつてないほど真剣な表情のアラゴルンにつられて全員が固唾を飲んでガンダルフを見つめる。いつも陽気なレゴラスまでが珍しくも真面目な顔をしていた。 「うむ。その本はどうやら西方にて記されたものらしい。奥方が水鏡で探し出し、わしに届けてくれたのじゃ。 未だ成功例は無いが、想いが強ければ望みが叶うやもしれぬという言葉と共にな」 望みが叶う…それはつまりボロミアが還ってくるという事。 誰よりもゴンドールを愛したボロミアが、誰よりも王に仕えることを望んだボロミアがこの国に、自分達の元に還ってくるという事。 どれほど願っても夢でしかありえなかったその望みが叶う …その考えが胸の中にストンと落ちてきた時、人間二人はその場にいる全員の事を綺麗さっぱりと忘れ去り、ものすごい勢いでページを捲り始めた。 その書に曰く、まず必要な物は『生き返りを望む相手の身体』であった。 『完全な姿が望ましいが、身体の一部だけでも不可能ではない』という記述を目にした途端、アラゴルンは外に控えている衛兵を呼んだ。 「ボロミアの身体を探せ!今すぐにだ!万が一ラウロスの瀑布でバラバラになっていたとしても肉片の一つくらいは見つかるはずだ!! 大丈夫、例えそれがどんなに小さな欠片だったとしても私には見分けられる!」 自信満々でとんでもない事を言い出すアラゴルンに、主君への礼儀よりも兄への愛情の方が勝っているらしいファラミアがすかさず反論する。 「何という事を仰るのですか!!縁起でもない!私はボロミアがエルフの小船に乗って海へと向かうのをオスギリアス近辺、アンドゥインの川辺からしかと見届けました! 兄上は生前と変わらぬ美しい姿のままです!!」 「そうか!それは素晴らしい!!ボロミアの美しくも誇らかな身体が損なわれているというのは、わが国にとって大いなる損失だからな。 よし!ではファラミアが見た地点から河口へ向けて捜索を開始せよ!あの奥方の船に乗っていたのだどこかの岩場辺りでお茶目に引っかかっているかも知れぬ。 ミナス・ティリスには最低限の都の守備隊を残す。それ以外の手の空いている者達全員で捜索にかかれ!大至急だ!!何としてもボロミアの身体を探し出せ!!!」 何やら二人でヘンな方向に盛り上がりながら大真面目に捜索の命を下す王と執政の姿は、仲間達の目から見ても何とも言えないものがありましたが、その場に控えていた衛兵達は違いました。 『ボロミア様が還ってくる(かもしれない)』という希望に瞳をキラキラと輝かせながら二人の言葉に一々頷き「しかと承りました!」と力強く答え、嬉々として王命を実行する為に退出して行きます。 ここに来てやっと人間以外の仲間達は知る事になったのです。ボロミアが事あるごとに常々「我が国」と言っていた通り、ゴンドールは正しく『ボロミアの国』なのだという事を… 真面目な復活方法も考えてはいるんですが、これは不真面目な方向で…(笑) 少し長くなりそうなので数回続きます。 |