「連行しろ」 感情統制違反者を取り締まり、一応の目的を達した後の室内を見廻す。 そこに残されたのは数枚の絵画とディスク。それだけだった。 ただの「モノ」にしか過ぎない「それ」を護る為に、違反者達は大きな代償を支払う事になる。 反乱者には死を。規制物には焼却を。 全てはファーザーの言葉のままに。 それがこのリブリアでの唯一にして最大の法。 「これで全てだと考えられるか?」 パートナーである第一級クラリックが抑揚の無い声で質問をしてくる。 クラリックとなったばかりの私を試しているのだろう。 任務遂行の為には優秀なパートナーが必要となる。 彼の質問は未熟な者に対する教師のそれでもあった。 私には的確に答える義務がある。 「全てと見せかける為に敢えて残した物と推測されます。 ですがフェイクにするには数が揃っている。ディスクはコピーとしても、絵画は印刷物ではない。 これはよほどの大物を隠しているのでしょう。そう、恐らくは…」 そう言って一度目を閉じた。 ゆっくりと呼吸をし、自らの内なる声が伝えるその場所に向かう。 「この、壁の向こうに」 言葉が終わると同時に銃を抜く。 瞬時に撃ち出された銃弾は何も無い筈の壁の中に吸い込まれていった。 それを確認した作業班が次々に壁を破壊していく。 私とパートナーはそれを無言で見続け、 人ひとりが通り抜けられる程の穴が開いた所で作業班の全てを下がらせた。 ゆっくりと壁の中に入っていくと、 室内には一枚の絵画とひとりの男とが静かに存在していた。 取り乱す事も、敵意を向けることも無く、悠然と… まるで共にその部屋の主であるかのように。 「ようこそ、クラリック」 男は無感情な声で話し掛けてくる。 プロジウムを打っている者であるかのようなその声の響きに違和感を覚えたが、 私はただ沈黙のみを返した。 「探し物なら御推察の通りここにある。そして俺は僅かながら提供できる情報も持っている」 その言葉に更に違和感が増した。 違反者達は決して情報を漏らすことは無い。 その場で抵抗し射殺されるか、情報を胸に秘めたまま焼却炉の中へ消えていくのが常だった。 だが目の前の男は惜しげもなく情報を提供すると言っている。 罠である可能性も高いが、クラリックの前にはどのような罠も無意味だと知らないものなど、 このリブリアには皆無の筈だった。 射殺か、連行か。 処遇を決めかねていると、 後から入ってきたパートナーが目的を計る為、その男に言葉を掛ける。 「『寛大な処遇』を期待しての取引か?」 状況から見てそれが一番ありえそうな事であったが、 男は無表情のままその問いを否定した。 「そんなものは有り得ない。違反者には粛清を、反乱者には火刑を。 それのみがファーザーとやらの意思であり法だろう」 「では何が望みだ」 この男の態度は死を眼前にした開き直りとは考えられない。 ならば望みの無い取引などは有り得ない。 そのまま取引の言葉を待っていると、 男は破壊された壁の向こうで銃を構え整列する者達に一度だけ視線を向けた。 「望みは二つ。一つ目はそこのクラリックを残した全員がこの建物を出て行く事。 もう一つは、俺が自分の意志で情報を提供し終わるまでの時間だ」 その二つのどちらにも理由を付ける事は出来るだろう。 だが時間稼ぎをしたからといって逃げられるだろうという条件ではなかった。 男にとって有利だとは考えられない。 「それが望みなのか?第一級では無いとはいえ、彼は正統なクラリックだ。 我らの数を減らし、時間稼ぎをしたからといって逃げきる事など不可能だが?」 パートナーが釈然としていない事を伝えると、男は目を細めて言った。 「目の前のクラリックから逃げ切れると思う程のバカじゃないさ。 あんた達が譲歩出来る程度の条件を提示しただけだ。情報付きならば高くは無いだろう?」 確かに情報と交換ならば聞き入れても問題ない程度の条件ではあった。 どちらにしろこの男は火刑から免れないのだから。 「では何故彼を指名したのだ。 その条件ならばクラリックのどちらか一人が残ればそれでいい筈だ」 そう言うと男は初めて唇の端を上げた。 それは急激に強い色を発した瞳と相まって挑んで来るかのような、 隠し持った剣を突きつけてくるかのような表情となっていた。 「決まってるだろう?あんたより若くてキレイだからさ」 「外見か…下らんな。違反者の言い出しそうな言葉だ」 「その通り、俺は違反者さ。だからあんた達とは価値基準が違う。それで納得したか?」 先程までの無感情さが嘘のような男の姿に、一筋縄ではいかない相手なのだと改めて認識する。 経験豊富なパートナーも同意見らしく、 条件を受け入れて私に任せるべきかどうかを考えているようだ。 返答を与えないでいると、男は更に言葉を続けてきた。 「同じクラリックとはいえ新米には任せるのが不安か? それとも手柄を譲るのが惜しいのかな?」 明らかに挑発だが、その言葉は誘導尋問でもあった。 限られた選択肢しか与えない事で、自らの望む返事を引き出す為の計算された言葉だ。 パートナーである第一級クラリックは男を探るように見た後、 無言のままゆっくりと踵を返した。 去り際に私に視線を走らせたのは後を任せるという事であり、 私の手腕を見せてもらおうという意味でもあるのだろう。 彼らが完全に退去するまで、私は無言のままで男に視線を向け続けていた。 やがて人の気配が無くなり周囲から音が消えた頃、男は挑むような表情を収め 無感情とは違う静かな目で私を見つめながら微かな笑みを浮かべた。 「さて、それでは交渉に入るとしようか」 |