テストプレー



「…テストプレー?」

「そうだ。まだ開発途中のものなのだが、ぜひお前に協力を頼みたいと思ってな」

珍しく普段よりもよく話している聞仲とは反対に、飛虎は思いっきり呆れた顔をしていた。

「聞仲…珍しくお前が手料理なんて振舞ってくれたのは、すげー嬉しかったよ。だからってなぁ、久しぶりに取れた休暇を使って一人旅を満喫しようとしていた俺をわざわざ引き留めた理由がテストプレー?…いったい、何を考えてんだよオメーは。大体それはアミューズメント部門の仕事だろーが」

「まあそう言うな。その話は落ち着いて酒でも飲みながらすればいい。飛虎、お前は何にする?」

「……日本酒」

相手の都合をさらりと…しかし有無を言わさぬ強引さで受け流す聞仲の態度に、すっかり抵抗を諦めたらしい飛虎は軽い溜息を一つ吐きながらソファーに腰を降ろして、大人しく酒を待つことにした。
聞仲はいちど席を外し、飛虎の好きな酒とつまみの塩、自分用の水菓子などを用意してすぐに戻ってきた。

「どうやら協力する気になったようだな、飛虎」

「オメーは我儘な上に理屈っぽいからな。どうせ俺が承知するまで何時間も説得すんだろ。これ以上は時間の無駄じゃねぇか」

「…よく分かっているようだな」

「長い付き合いだからな」

飛虎は渡された酒を受け取りながら苦笑いを零していたが、そこには嫌々付き合ってやっているという態度は少しも感じられず、どこか楽しげな様子が見え隠れしている。
聞仲もその辺を承知しているからこそ、飛虎に対して気兼ねなく言いたい放題が出来るのだろう。
何をどうしたら相手がどう思うのかという感覚は長い付き合いの中で、お互いごく自然に身に付けてしまっていた。

「我儘というのは気に入らんが、まあいいだろう」

「本当のコトじゃねえか」

「お前に人の事が言えるのか?」

「そうだったか?」

「ああ、頑固さなら誰にも負けないだろうな」

「だぁ〜かぁ〜らぁ〜、オメー程じゃねえって」

「ふふ…これ以上話していても平行線のままのようだな。では本題に入ろうか」

話題が真面目な方向に進むのを感じて、飛虎も落ち着いて話を聞く体勢をとった。

「最近、ゲームの世界ではバーチャル・リアリティという言葉を謳い文句にしているのを知っているだろう。勿論我が社でもその方面の開発に力を入れている。だが今更他社と同じような製品を作っても売上はたかが知れている。この業界は進化のスピードが異常に速い。 昨日のデータが今日にはもう使えないというような事が珍しくもない。常に他社より2、3歩先を見据えていなければならないのだ。…そこで」

「我が社の優秀な開発部諸君は2、3歩先を行くゲームを開発した…と」

ふうん。と、あまり興味のなさそうな反応をする飛虎に、聞仲は苦笑をもらした。

「営業部の期待の星が、自社製品に対してそのように無関心では困るぞ」

「我が部署と致しましては、完成していない製品を売りに歩くことは出来ませんので」

「おや?新製品の特徴を詳しく把握しておくのが、営業部の方針ではなかったのか?」

「ま、売れそうなモンならな」

そう言ってひとしきり笑い合いながら酒を酌み交わす。

「ところで、システム開発部のお前が絡んでるって事は、その新製品ってヤツは「画期的な新システム」を持ったハードってコトだな」

「流石に察しがいいな。そう、システム開発部とアミューズメント部門の共同制作品なのだが、ハード自体がまだ試作品の段階だ。つまり今あるソフトはデータ収集用に同時製作したもので、難しくもなければ珍しくもなく製品に出来るようなものでもない。単なるテスト用だ」

「それを俺にやれってのか」

飛虎は気乗りしなさそうな表情で聞仲の顔を見る。

「まあ、そういう事だな」

「いくらテストプレー用ったって、俺はゲームの事なんて詳しくねーぞ」

「それは大丈夫だ。必要としているのは、体力、気力、根性といったところだな。特に知識は必要ない」

確かにそれなら大丈夫だろう。しかし何か違うような気がする。大体、普通ならいくら同じ会社の社員でも営業部の人間にはそんな仕事は廻ってこない。他部署に細かい情報が漏れるのは誉められた事ではないし、作った本人がテストした方がより詳しいデータが取れる筈だ。

「なあ聞仲。…何か隠してねえか?」

不信そうな顔の飛虎に向けて聞仲は極上の笑みを浮かてみせる。
おそらくその笑顔の効力を十分に理解していてやっているのだろう。意外とたちが悪いのだ。

「隠しているという程のものではない。ただかなり特殊なゲームだから、細かい部分の予測が困難なのだ。だがその分だけ礼ははずむぞ」

「礼?」

「お前の欲しがっていた限定物の時計。裏から手を廻してやろう」

「何!?出来るのか?」

「返答次第ではな」

「やる!」

迷いは全て去った。といった表情の飛虎を見て、聞仲は密かに笑った。何しろその時計は発売以前から飛虎が欲しがっていたもので、世界限定300本という稀少な品なのだ。
飛虎は物にはあまり執着しないのだが、車や時計などはよく欲しがっているのだ。もっとも「限定品」を集めている訳ではなく、気に入ったものだけを買い集めては使い込んでいるので道楽という程ではない。
車は兎も角、時計などはよく人にあげたりもしている(特に旅先で)ので、沢山買っている割にはあまり持っていない。だから、聞仲が飛虎を釣ろうと思った時は大抵エサをまく。俗にこれを買収と言うのだが、聞仲は気にしなかったし飛虎は素直に喜んでいる。

「では話を続けるぞ。先程も言った通り、このハードは今まであった普通のゲーム機とは違う。ゲーム内で起きている事を実際に体験出来るものだ。そうだな簡単に言えば、頭に電極を付けてそこからゲームの内容を直に脳に叩き込む…と言ったところか。 その為ゲーム中の感覚は本物と区別がつかない程リアルなものとなる。もっとも、ショック死などされては困るので「痛み」の感覚は「疲労」として変換され知覚されるようになっている。ダメージを受けた分だけ疲れが溜まり、動けなくなったらゲームオーバーだ。分かり易いだろう?」

長々とした聞仲の説明を神妙な顔をして聞いていた飛虎だが、やはり納得がいかないようだった。

「なあ、それって…ヤバイんじゃねぇか?」

「そうだな」

平然と答える聞仲のおかげで、飛虎は益々不信そうな顔をする。

「一歩間違えればかなりまずい代物である事は間違いない。だがいずれはこの手のものが主流となって来るだろう。言ってみれば早いもの勝ちだな。だからこそ今の内に規制に引っかからないような、安全性の高いものを作っておくべきだと思わないか?飛虎」

「…本当にヤバくねぇんだろうな」

「だからそれをお前が確かめるのだろう」

成程。そりゃあ無理してでも被験者の欲しがる物を用意するだろう。何しろ一歩間違えば違法になるような代物だ。精神的な副作用も皆無とは言い切れないのだろう。事によったら怪しい書類にサインさせられるかもしれない。

「これ以上説明するよりは実際に体験した方が分かり易いだろう。…ではそろそろ始めるとするか」

「ちょっと待て、一体何のゲームなんだ?」

いくら知識が必要ないからといっても、心構えくらいはしておきたい。

しかし、聞仲は笑って誤魔化した。

「いや…ははは、まあ何でもいいだろう。気にするな」

「………知らねぇんだな」

「そんな事はない。何があるかは知っている。だが、どれが何のゲームかというのがな…まあその、ちょっとした手違いというものだ。ああ、パズルゲームとかの頭を使うソフトは無いから安心しろ」

「悪かったな!頭悪くてよ!」

途端に不機嫌になった飛虎を見て、しまったと思っても後の祭り。

「そこまで言うんなら『頭の良い』オメーにも一緒にやってもらおうじゃねぇか」

自分が掘った巨大な墓穴に深い溜息を吐きながらも、頷くしかない聞仲だった。


◇◇続◇◇



ちょこっと説明などを…飛虎と聞仲は某巨大企業の同期です。飛虎は営業部の、聞仲はシステム開発部の期待の星(笑)
学生時代からの付き合いですが、清らかなオトモダチ(笑)のままでいます。
最近は忙しくて中々会う時間も取れなかったのに、久しぶりに聞仲に呼び出された飛虎が遊びに来てみると…って所から話が始まっています。
説明不足ですみません(汗)
次回からはイロモノになっていきまのでそのつもりで心を広く持っていて下さいませ。(笑)




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