三年目



人間界ではそろそろ太陽が中天に掛かろうかという頃合、神界にある五岳の東、泰山府の磨かれた渡り廊下を、仙人界は妖怪仙人代表を勤める張奎が神妙な面持ちで歩いていた。

彼にとって今日は特別な日。
山積みになっている仕事を無理矢理こなし、余分な仕事は同僚に押し付けて、何とか今日の休みを勝ち取って来たのだ。 神々の住むここ神界でも、彼の所属する仙界でも煩雑な仕事は湯水のように湧いてくる。日々それと格闘しながら処理をするのはどこでも同じなのだが、仕事の意味も分からない連中や、他者を騙す事しか頭に無いようなモノばかりを集めたかのような、クセのありすぎる妖怪仙人を纏めるのは重労働だった。
張奎本人にしても、人間界での労働基準法違反としか言えないような事務処理経験をこなしてきたからこそ何とか耐えられるのであって、そうでなかったら今頃蓬莱島は怒りゲージをMAXにした張奎の手によって、禁鞭で破壊し尽くされていただろう。

しかしそんな日々の鬱憤もここに来れば解消されるのだ。
久しぶりに会うあの人はどんな顔をして向かえてくれるだろう。
「頑張っているようだな」と励ましてくれるだろうか、それとも「噂は聞いている。よくやっているそうだな」と誉めてくれるだろうか、それとも…
そんな事を考えてウキウキしながら「泰山府の執務室」の扉を開けると、そこには彼が求めていた相手とは全く違う人影があった。

「やったさ。これで随分ラクになるさ」

「おおやはり来たか、久しいな。確かそなたの名は張奎だったな」

「………何であなた方がここに居るんですか」

一度もまともに話をした事がない天化と、遠くから姿を見かける事はあっても直接話した事のない紂王。
そんな二人が仲良く机を並べて書簡を開いているという、考えてもみなかった姿が眼前で展開されている。張奎は反射的に帰ろうとする身体を意思の力で何とか引き止めた。何しろここで帰ったりしたら、折角の休日の意味が無くなってしまうのだから。

そんな彼の内心の葛藤などつゆ知らず(というよりは、そんな事はどうでもいいと思われる)、二人は能天気な程に明るく会話を続ける。

「それは皆同じ理由だと思うさ。オレっちはオヤジ、張奎さんは太師、んで紂王サマは二人に会いに来たのさ」

「うむ。何しろ今日は二人の三周忌となる日なのだからな」

そう、あの降りしきる紅い雨の中で命懸けで闘い、二人が共に太公望に後を託して散っていったあの日…あの全世界を巻き込んだ壮絶な痴話喧嘩からちょうど三年目となるのが今日だった。

古来より三という数字は大きな意味を持っている。
だからこそ張奎は、敬愛してやまない聞仲の記念すべき(と言っていいのかどうかは謎だが)三周忌を一緒にすごそうと思いわざわざ「泰山府」にやって来たのだ。
なのに肝心の聞仲は見当たらない。
しかも代わりに、特に会いたいとも思わない相手が二人もいる。

─早く聞仲様の居場所を聞き出して帰ろう─

厄介ごとに巻き込まれてる暇など無いのだ。
何しろその為にわざわざ休暇を取って来たのだから。

「それよりも、聞仲様は…」

必要な情報をさっさと仕入れようと真面目な表情で口を開いた途端、二人の呆れたような視線が突き刺さった。

「見て分からないさ?」

「ここにはおらぬ」

「そんな事は分かってますよ!僕が聞きたいのは、聞仲様がどちらにいらっしゃるのかです!」

意外と短気な張奎がはぐらかすような二人の物言いに思わず声を荒げた途端、絶妙のタイミングで切り返された。

「勿論オヤジと出かけてるさ」

「そのような事、聞くまでもないな」

一体何でこの二人はこんなにも息が合っているのだろうか。

─わざとか?わざとなのか!?─

込み上げる怒りの衝動を押さえながら、何とか細かい場所を聞き出そうとする。
するとまたしても当然のように息の合った答えが返ってきた。

「人間界だな。許可がなければ降りられぬ」

「ちなみに今は誰にも許可が出ない手筈になってるさ」

手筈って何だ!と思わず叫びそうになったが辛うじてこらえる。
どのみち、二人が人間界にいる以上、許可がなければ会う事はできないのだ。

「……じゃあここで二人が帰ってくるのを待つしかないって事ですか?」

諦め半分でそう口にした途端、二人の目が光った…ように見えた。

「そうさ、だからここでオレっち達と一緒に待ってるさ」

「だが、只待っているのでは芸が無い…いや、退屈であろう?」

「大丈夫さ、ここにはいい『暇つぶし』が大量にあるさ」

「うむ。太師の右腕とまで言われた男だからな。この程度のものでは物足りないやも知れぬが、まあ『暇つぶし』だと思えば丁度いいのであろうな」

しまった!と思った時には既に遅く、逃げようとした張奎は両脇を固められ、無理矢理空いている机に座らされていた。

「いやー、助かったさ!オレっち読み書きは出来ても、事務処理なんて出来ないから困ってたさ」

「これで天化には思う存分雑用が頼める事になるな。丁度よい、そろそろ泰山にやってくる者達を案内しなくてはならぬ刻限だ」

「もちろんやるさ。やっぱりオレっちは身体を動かしてる方が性に合ってるさ」

張奎は自分を無視してサクサクと進んでいく話を呆然と聞きながら、ふと余計な事に気付いてしまった。

「……ちょっと待て、まさか二人とも僕がここに来る事を分かってて…」

初めからそのつもりで…と小さく呟くと間髪入れずに答えが返ってくる。

「そんなの当り前さ!」

「当然であろう」

「何でっ!!」

両脇を固める二人を振りほどき、左側の天化に詰め寄ると、背を向けた右側から穏やかな声が掛けられる。

「そなたは聞仲に会いにきたのであろう?」

以外な程優しい響きを含んだその声に、驚いて振り向くと紂王は静かな表情を湛えて張奎を見つめていた。




飛虎も聞仲様も出てこない飛虎聞小説です。
読み切りのつもりで書いていたんですが、思った以上に長くなってしまったので続き物になってしまいました。
多分あと一回で終わると思いますので、もう少々お付き合い下さいませ。



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