三年目-2



「予もそうだ。聞仲と武成王に会いに来た。今日は特別な日であるからな」

そう言うと紂王は僅かに目線を下げる。その表情がどこか哀しそうに見えるのは気のせいとは思えなかった。

「予は生前、あの二人にはこれ以上ない程に世話になっておきながら、苦労ばかり掛けてしまった。だからこそ今は二人に幸せになって欲しいのだ」

そこでふと言葉を途切らせた紂王の後を天化が引き継ぐ。

「泰山府は神界でも一番忙しい所さ。何しろ死者は毎日やって来るから仕事にはキリが無い。だから太師が少ない時間を割いて自分からここに来るんだって事は、あーただって知ってる筈さ。ま、そんな忙しい二人にもたまには休暇を取らせるべきだってのがオレっち達の意見さ」

泰山府が忙しいのも、聞仲が忙しい仕事の合間をぬって毎日のようにここに通っているのも張奎は知っている。
知っているから聞仲に会う為に、この泰山府へ来たのだ。
二人の時間を邪魔するつもりはないが、神界に住む者と違って自分は滅多に聞仲に会う事が出来ない。
だからこそ、我儘を通して「今日」会い来た。今日だけは会いたいと、あの頃のように自分も共に過ごしたいと思っていたから。それでも…

「そう…だよな」

力なく呟くと、椅子に腰を下ろす。
もうあの頃とは違うのだ…と感慨に耽っていた張奎は気付かなかった。紂王と天化が意味ありげに目配せをし、密かに笑みを浮かべた事を…
そんな怪しげな素振りなど張奎には露ほども見せず、紂王は隣に座ると複雑そうな微笑を浮かべた。

「聞仲は武成王と共にいる時が一番幸福そうな顔をしている。あの顔を見ると予は救われた気分になるのだ。……まあ、少々胸が痛むがな」

「へえ、じゃあやっぱり紂王サマは太師に横恋慕してたさ?」

張奎の横にもう一つ椅子を置き、それに腰掛けながら天化が平然ととんでもない…しかし一部では密かに噂されいてた事を言った途端、紂王は静かだった表情を一変させた。

「馬鹿を申すな!!誰がそんな恐ろしい…一度でも聞仲に『教育』を受けた事のある者なら絶対にそんな事を言わぬ!聞仲に恋情などと、そんな恐ろしい事を言えるのは武成王くらいのものだ!!」

紂王は椅子を蹴倒す程の勢いで立ち上がり、一気にそこまでまくし立てると、今度は青褪めた表情で縮こまるように椅子に座る。その様子はまるで小動物が部屋の隅で脅えているかのようだった。

「……何でそんなに脅えてるさ。やっぱり怒ると禁鞭が飛んできたりするさ?」

「ふざけるな!!聞仲様は人に対して宝貝を使ったりしない!」

天化の素朴な疑問に、すかさず張奎が否定の言葉を口にしたが、さらに紂王がそれをあっさりと否定する。

「人に対しては使わなくとも『教育』時の躾には使われるようだな。だが本当に恐ろしいのは禁鞭ではない」

嘘だー!!という張奎の叫びは完全に無視され、興味津々の天化とどこか遠い目をした紂王がサクサクと話を進めていく。

「禁鞭より恐ろしいって何さ!?生きたまま黒麒麟に喰われるとか?」

「そのようなもの、どうという事はない」

黒麒麟に喰われたら多分死ぬだろうと思うのだが、黒麒麟にも選ぶ権利があるだろうし、人間を食べたりはしないだろう。しかし、もしもあの黒麒麟に頭から喰われたとしたなら…きっと相当な恐怖だろうと思うのだが、紂王がそんな事もずっと恐いと言うのならば、それは一体どれ程恐ろしいのだろうか。

「この世で一番恐ろしいのはな…聞仲自身だ」

「あー、確かにそれは恐そうさ。じゃあ太師は怒ると、躾と称して暴力とか振るったりするさ?」

「いっそ殴られた方がましであろうな。あの状態の聞仲と向き合うくらいなら…真剣に怒った聞仲を見た事があるか?」

「ああ、西岐に着く前に一度。確かにあの時の太師は恐かったさ、圧倒的な力で禁鞭振るってて…」

手も足も出なかった…と言いかけたが、紂王が更に遠い目をしたので慌てて口を噤む。何やら面白い話が聞けそうだ。

「禁鞭を使われたのなら、大して近くには寄らなかったのだな。よいか?聞仲が本当に怒るとまず無言になる」

「ああ、それは確かにそうですね」

長年間近で聞仲に使えていた張奎も、懐かしい過去を振り返っているようだ。何とかショックから立ち直ったらしい彼には昔を懐かしんでいる余裕があったが、紂王は違った。顔色がどんどん青褪めていくのは気のせいではないだろう。

「そして普段よりも一層無表情になり、第三の目が黄金色の煙を噴きながら開き、至近距離から凄まじい眼光で予を睨むのだ!王家の太子なら誰もが物心がつく頃に必ず一度はそれを見ている!」

それは確かに恐ろしいかも知れない。ようやく物心がついてきた頃の幼さで至近距離からそんなものを見たのなら尚更だろう。

「父上のお怒りなどとは比べ物にならぬ!ナマハゲよりも恐いのだぞ!!」

ぶっ!!

「な!な、な…なななななっ!!」

「ナマハゲって、あーた…」

殷の至宝と名高かった太師をナマハゲ扱い。身内の気安さがあるのだろうが、この発言にはさすがの天化もどう答えていいか分からない。張奎の方は衝撃のあまり言葉にもならない。

「ナマハゲなら戦って倒す事も出来るが、聞仲はそうはいかない。お前達に分かるか!?あの恐ろしさが!!」

紂王は真剣に脅えている。
過去に相当のトラウマがあるのだろう。他に何があったかを考えると本当に恐そうなので、その件に関してはこれ以上詮索しない方がよさそうだ。
しかしこの様子だと何時までもナマハゲ話が続きそうなので、天化はさり気なく話題の転換を図った。

「まあ、太師が恐いってのは分かったさ。でもオレっちはそれよりも、紂王サマや張奎さんがいつオヤジと太師の事に気付いたのかが気になるさ」




すいません、終わるとか言っといて終わりませんでしたι
っていうか、何故ナマハゲの話になってしまったんでしょうか?話が脱線しまくりですι
でも子供の頃のトラウマって一生ひきずるものなんですよね(笑)
原作でのあの紂王の脅えようは尋常じゃないので、実際に何があったのかが気になるところです。



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