三年目-3



以外にというべきかどうかは分からないが、朝歌で太師と武成王の本当の関係を知っているものはほとんどいなかった。

二人が無二の親友であることは殷の国中に知れ渡っていたが、当代武成王の明るく飾らない気質や、型破りだが誰にでも気さくで人好きのする性格は広く皆に知られていたので、太師と親友でいられるのは武成王の人徳だと言われていた。
もちろんそれは間違いではないのだがそれよりも、恐れ多くも殷の太師に対して不埒な考えを働かせるものが居なかったというのが大きな要因だった。
当然、本人達も周りには気を付けていた事は言うまでもない。そのおかげで二人の関係は一部を除いた者達には全くばれていない。
そして、その除かれた「一部の者達」がこの三人だったりする。

「予は…出来れば気付きたくなかったのだ」

紂王は天化の質問に複雑な顔をして答え始めた。

「武成王が聞仲と『普通に』『対等に』話が出来ると聞いた時の予の驚きは言葉では言い表せないものであった。何しろあの聞仲と正面から向き合って普通に話すなど…正直、予は感動したものだ」

天化としては紂王にそこまで言われる程、恐れられている原因が気にならなくもなかったが、また話が戻って、ナマハゲだの何だのと言われるのは嫌だったので大人しく先を促した。

「それからというもの、二人が揃っている時には常にこっそりと観察していたものだ。武成王を見ていれば、いつかは予にも聞仲の安全な扱い方が憶えられるかも知れぬと思ってな」

まるで危険物や猛獣のような言われようである。もっとも基本がナマハゲならどちらにも違和感無く当てはまるだろう。

「そうしている内に、違和感を感じ始めた。信じられない事に聞仲の表情が柔らかくなってきたのだ。初めは武成王に対してだけだったので余程気が合うのだろうと思っていたが、その内にほんの僅かだが予や周りの者達に対してまで穏やかな表情を向けるようになってきたのだ」

黙って紂王の話を聞いていた張奎は、当時の事を思い出しているらしい。目を閉じて握りこぶしを作り、うんうんと頷いている。
もちろん天化は当時の事を知らないが、封神台に来てからの二人を嫌というほど見ているので、その時の光景が目に浮かんでくるようだった。

「予は素直に喜んだ。例え僅かと言えども聞仲の恐ろしさが和らいだのだから、国をあげて盛大な宴を催そうかと思った程だ」

そういう態度が太師の逆鱗に触れると分かっていながらあえて地雷を踏もうとする辺り、紂王はどこか抜けているようだ。太師の苦労も忍ばれるというものだった。

「そこで武成王には、その偉大な功績を称えて褒章を…と思ったのだ。それでこっそりと武成王府を覗きに行ったのだが、間の悪い事にそこに太師が来ていた」

要するにお忍びで…というよりも太師に隠れて仕事を抜け出したらしい。

「もちろん予は急いで隠れた!」

紂王はさも当然といった顔で言い切ったが、それは大きな声で堂々と言えるような事ではなかった。普通は隠すものだろう。
しかし太師の恐さは全てに優先するらしい。王の威厳も、矜持も太師の前では無力のようだ。天化も張奎も、あえてそれには口出ししなかった。

「二人が話していたのは仕事の事だったようだが、その内に武成王が『茶でも飲んでけ』と言い始めてな。聞仲は『そんな時間は無い』と言っていたのだが、結局は武成王に押し切られていた」

非常にありそうな話である。細部まで目に浮かびそうだ。

「その時の武成王の『お前の為にとっときのヤツを煎れてやるからな』と言った口調と聞仲に向けられたあの表情…そして聞仲が僅かに頬を赤らめながら拗ねたような口調で『別に…お前が煎れたものなら何でもかまわない』と言った時のあの衝撃…予は我が目を我が耳を疑った。おそらく生涯忘れられぬであろう」

…というよりもその光景はすでに日常の一部だったのだが、普段は出歩かない紂王にとっては驚くに値する状況だったのだろう。カルチャーショックだったに違いない。

「それで、そん時にあの二人の関係に気付いたさ?」

「決して…気付きたくなどなかったのだがな」

どこか遠い目をしたまま呟く紂王には高貴な哀愁が漂っていたが、その姿は天化や張奎にとっては途方にくれた迷子のようにしか見えなかった。

「じゃあ、貴方はその件に関しては係わり合いになりたくないと思ってたんですか?」

「だったら何で二人を見ると胸が痛むさ」

見たくないならほっとけばいいさ、と言う天化の言葉はもっともなものだったが、どうやら天化は自分と紂王とでは立場がまるで違うという事を失念していたらしい。

「そのような事…二人の幸福を予が壊したからに決まっておろう」

天化の言葉を受けた紂王は、困ったように目を伏せて自嘲気味に呟いた。

「予がもっとしっかりとしていれば…天子として相応しく振舞っていれば、あのような事態は避けられたはずなのだ」

「それは…確かにそうですが」

当時の状況を間近で見ていた張奎は、紂王の苦しみも聞仲の苦しみもよく知っている。とは言っても、張奎にとっては紂王がどれだけ苦しんでいようが、敬愛してやまない太師に被害が及びさえしなければどうでもいいというのが本音だったが。

「民にも臣下にもすまないと思っている。だが、聞仲に…三百年もの長きに渡って殷を護ってくれた太師に対しては…どれほど償っても足りぬであろう」

「でもそれは妲己のせいでしたから…貴方がそんな態度でいては『聞仲様が』哀しまれます」

紂王を庇うのはあくまでも大切な聞仲の為である。という心情がみえみえだったが、天化にとってはその徹底した態度が却って好感を持てた。
実際、天化にとっての紂王は親の仇以外の何者でもなかったのだが、最後に剣を交えて戦った事によって二人の間の確執は一応解消されているらしい。今では中々にいいオトモダチである。
結局天化は頭より身体で物を考える体質らしい。その辺は父親ゆずりなのだろう。
…もしかしたら師匠ゆずりなのかも知れない。

「…まあ、とにかくそれで紂王サマが気付いた原因は分かったさ。じゃあ次は張奎さんの話を聞きたいさ」

「え!?ぼ、僕の?」

張奎としては、父親とその情人のなれ初めを聞いてまわる息子っていうのは、ちょっと問題あるんじゃないの?と思わなくもなかったが、今まで人には言えなかった事を洗いざらいぶちまけられるという機会だと思うと、その誘惑には勝てなかった。




今回は紂王の昔語りになってしまいました。
何だか段々長くなってきてます。自分でも一体何が書きたいんだか分からなくなってきました(汗)
取りあえず次回は張奎君の出番です。張奎君から見た二人のラブラブっぷり…きっと災害指定してもいいくらいでしょうね(笑)
そこまでしてても、聞仲様はバレてないと思っていたようです。う〜ん、天然(笑)



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