「さて…その、例の辻斬りについて報告してくれねぇか」 飛虎は打ち解けた元の口調で聞仲に問い掛けた。正座から胡座に座り直し、行灯の灯りを借りて煙管に火を付ける。うっすらと漂う白い煙を飛虎は目で追った。 聞仲は簡潔に要点を述べ始めた。 始まりは三月程前になる。 朝一番に堀に浮かんだ浪人の死体が魚売りの男に発見された。それから長い時は半月に、短い時は三日ほどの時間を置いて夜の江戸では辻斬りが現れた。 始めは腕自慢の浪人達の仕業、もしくは盗賊の類かと思われたのだが、暫くすると様相が変わってきた。 人数が多すぎる事、そして刀を持たない町人や女性まで斬られたのだ。 「その斬られた奴等に繋がりはねぇのか」 「これは私の考えでございますが」 そう言って聞仲は前置きを置いて話しを続けた。 斬られた浪人三人は出身地も経歴も共通項は全く無いが、剣術が得意であった事と酒や博打で身を崩して日陰者の生活を送っている事が共通している。そして数箇所の切り口が有り、現場は夜道で仕手と刃を合せた事は間違いない。おそらくはこれは度胸試しの辻斬りと考えられる。 しかしその他の四人は侍でもなく、当然刃を合せる事なく一太刀で斬り殺されていた。 斬られた順番から名前を上げると以下になる。 廻船問屋加茂屋番頭 平助 常磐津の師匠 お光 浪人上がりの戯曲家 新見大蔵 簪屋十三屋奉公人 由紀 特に新見大蔵は自宅で背後から一太刀で斬られており、特異な例だ。 恐らくは犯人が口封じの為に殺したのではと思われる。また、四人には住居などに関連性はないが何かしらの共通項があると思われる。最初は廻船問屋の番頭が被害者だったので金品目当てかと思われたが、それ以降羽振りの良い者はおらず現在その手がかりは未だ見つけられていない。 長い会話を終えると、聞仲は少し肩の力を抜いた。 飛虎は顎に手を当てて思案する。 「確かに変な話だな。町人を斬っているとはな…。二人の女の存在も気になるな。それにお前さんの言う通りその家で斬られた戯曲家っていうのは手がかりになるかもしれねぇな」 「さようで」 「そいつの家は何処に有るんだ」 「深川花街の外れでございます」 「そうか。…ところで聞仲」 「はい」 「その丁寧な口調は止してくれ。俺とお前は主従を結んだわけでねぇのだから普通に話してくれ」 「しかし…」 「もう分っていると思うが俺は堅っ苦しいのは嫌れぇなんだ。俺はお前のことを相棒だと思っているし、お前もそう思ってくれ」 「…本当にいいのか」 恐る恐る探るように見てくる翠に目に、飛虎は苦笑を漏らした。 「そうそう、その調子だ。頼むぜ」 「分った。ではこれからは飛虎と呼ぶぞ」 「構わねぇ。俺も聞仲って呼ぶからよ」 「ああ」 「さ、もう九ツ(12時)も過ぎちまった。明日も仕事だろ?もう寝ようぜ」 そう言って飛虎は立ち上り羽織を脱ぐと部屋の端に置かれていた座布団を手にした。 因みにこの時代、客に座布団を出す習慣はない。座布団や脇息(肘掛け)は個人的に寛ぐ時のみ使っていた。座布団を客人に出すのは明治に入り西洋の習慣が取り入れられた以降である。 聞仲は仕事着を脱ぎ、隣の間で寝間着に着替えると布団を敷く。 「飛虎。お前が布団を使ってくれ」 「別に良い。羽織でも引っ掛けて寝るよ」 「しかしお前の様な者が…」 「ああ、家のことは言うな。お前さんが思っているほど俺は軟な育ちをしてねぇよ」 それでも気まずい表情をしている聞仲に向かって飛虎は手をひらひらと振った。 ついでに片頬を歪ませて八重歯を見せて人懐っこい笑顔を見せる。 「お前は庭の仕事があって疲れただろ?とっとと布団に入って寝ちまいな。それとも何だ、俺に添い寝して欲しいのか?または夜這いの方がいいか?」 火の点いたように顔を赤くすると聞仲はじろりと飛虎を睨みつけ、寝転がると布団を頭から被った。 「もう寝るっ」 「おやすみ」 飛虎は笑いをかみ殺すと羽織を引っ掛けて座布団を枕代わりにして横になった。 |