旗本退屈侍捕り物帳

人斬ノ唄

<十八>

甲太郎は一瞬顔を歪めたが、直ぐに口元に苦笑を浮かべて動揺を取り繕う。

「黄殿。夜にこのような人気の無い場所に呼び出していきなり私を辻斬りの犯人だと言い出すとは、一体どういう事でありますか」
「あくまでとぼけるか。じゃあ時間もあることだし、全てを話させて貰うぜ。今回の連続する辻斬りと、半年前の加茂屋錦司の殺しについてな」

上目遣いにチラリと甲太郎を見てから飛虎は語り始めた。

「廻船問屋の加茂屋錦司殺しに関わったのは番頭の平助、錦司の情人のお光、伊東健司、鈴木三郎、そしてあんただ。

錦司の妻のお梅とねんごろの仲の平助にとっても、錦司を単なる遊び相手の一人にしか思っていないお光にとっても錦司は邪魔な存在だった。そこでお光は自分に常磐津を習いに来る伊東に金を条件に殺害を持ちかけた。そして伊東は飲み仲間の鈴木にも話を持ちかけた。
ところが二人は約束された金に惹かれて直ぐに了承してしまったが一つ困った事があった。

腕に自身のある伊東は平助と一緒に飲み屋にいなくちゃいけねえとなると、実際に加茂屋を殺すのは鈴木だが、奴は剣術に自信が無かった。そこで鈴木はお前さんに話を持ちかけた」
「私は鈴木某という者など」
「知らないと言うか?
確かにあいつは今では浪人だが十四万石の中垣藩出身で、お前さんは二万石の萩原藩士。住むところも違うし、一見するとあんた達には接点が無いように見えたが実に簡単なところで接点が合ったよ。

中垣と萩原藩の江戸上屋敷が隣り合わせだって事に俺は気付いたんだ。そして隣の屋敷のよしみで萩原の藩士らが中垣藩の剣術指導を受けていると聞いたのを思い出したよ。
鈴木が中垣藩を脱藩したのが2年半前で、あんたが江戸詰になったのが3年前だ。半年間だけだが其処であんた達は顔見知りになったのだろう。鈴木はあんたの剣の腕を覚えていた。

そしてお光が酒を飲ませて錦司を帰らせ、容疑が平助にかからぬように伊東と平助は店で酒を飲み、あんたと鈴木はその間に錦司を闇にまぎれて殺した。――――そういうことだろう?」

甲太郎は表情を厳しいまま、何も答えない。
肯定とも否定とも取れるその表情を飛虎は肯定と判断して話を続ける。

「お前さん達の目論見どおり、奉行所は錦司の死を殺しとも事故とも判断しないままうやむやにしてしまった。そして平助は店とお梅を自分のものにし、お光は自由を手に入れたついでに鈴木という新しい情夫も手に入れ、伊東と鈴木とあんたは金を手に入れた。
此処までは皆望みが叶って良かったんだが、あんたが辻斬りになっちまったのは皆の予想外の事だった。

人斬りの快楽を覚えたあんたは腕の立ちそうな侍を狙って闇に紛れて夜毎に辻斬りをはじめ、そして平助まで殺した。多分、あの二人はお前さんが辻斬りをした事を知ったから殺されたのだろ?刀も持たない町人を殺してもお前さんは満足できるはずが無い。けど、それをやったと言う事は何かの事情があったからだ。
平助を斬った後、お光は直ぐに己の命の危機を察知して夜は戸締りを厳重にした。だからお前さんは夕暮れ時に鈴木のフリをして扉を開けさせ、そして斬った。まさかいつも闇に紛れて行われている辻斬りが太陽の沈まぬうちに行われたなんて誰も思いやしねえから、お前さんは堂々と深川の道を歩いて帰った。

…けどそれが不味かった。
邪魔者を消して安心したお前さんは、ついお光が唄っていた曲を口ずさんでしまった。偶然それを聞いた新見大蔵はつい粋な唄を丁度自分が書いていた脚本にそのまま書いてしまったのはお前さんも予想外だったな。
そして新見が落として燃燈が拾った脚本を元覚館で読んだのはお前さんにとっては好運で、新見にとっては不運だった。

お前さんはその脚本を読んだ時、焦った筈だろう。夕暮れ時にお光の作った歌を男が歌っていたとなれば、鈴木や伊東が気付かないわけが無い。慌てたお前さんはお光の家の傍に住む戯曲家を探し出して家に入り込んで斬ったってわけだ。
だが悪い事って言うのは大概続くモノなんだな。新見を口封じしたと思ったら今度はそれを奴の恋人のお由紀に見られちまうし、お光が斬られた事に鈴木が怯え始めちまった」

飛虎は月を見上げる。
苦笑を口元に浮かべてからゆっくりと辺りを歩き始める。そしてまるで甲太郎の出来事を同情するかのように、己の言葉をかみ締めた。

甲太郎は無表情に目の前を動く飛虎を見つめている。
その顔は同様を隠しているようにも、怒り出すのを堪えるようにも見えた。

問わず語りのような飛虎の謎解きが再び始まった。

「恐らく逃げる時に女の姿を見たあんたは新見の家を探して見つけた手紙からお由紀の存在を知り、彼女を斬ると同時に鈴木と伊東の始末も計画した。
…どの道、二人ともお前さんにとっては邪魔者で居れば何時自分を裏切るか分からない奴等だ。辻斬りのお前さんには罪悪感も然程無かっただろうな。
でなけりゃたった数日間で手際よく二人を始末できないはずだ。

後は俺達が見た通りだ。
鈴木をけしかけ、お光と―――恐らく平助もだな、二人の殺害の犯人を伊東だと吹き込んで鈴木に伊東を襲わせる。本来なら此処で伊東は死ぬはずだったが、邪魔が入ってしまったから奴は死ななかったし、鈴木も相討ちに見せかけて自分が斬る予定だったがそれも失敗してしまった。
だからあんたは現場に居て一部始終を見守っていたわけだ。

まあ、結果として伊東は目的通り三日後には死んだし、逆に伊東の仕返しを恐れて怯えきった鈴木も簡単におびき寄せる事が出来て始末出来たのだから帳尻は合わせることが出来た。
しかもあんたは鈴木に一切の罪を被せる代わりに新しい偽の犯人を見つけていたしな。

偶然見つけた聞仲はお前さんと体格は近いし、喧嘩の時の動きを見れば相当の使い手であるのは剣を習っているお前さんには直ぐに分かったし、それにお前さんとは何の関係も無いからうってつけの身代わりだった。
だから仕事帰りのあいつを襲い、大鋏を盗み鈴木の死体の傍に血を着けて現場に残したんだろう?
後は奉行所の奴等が勝手に判断してあいつを犯人に仕立ててくれる。あいつが否定すればするほど、辻斬犯を探している奉行所はきっと犯人だと断定するってわけだ。

いやぁ、本当に見事だ。
お前さんの計略はすげえなぁ。一人でこんなに考えちまうなんて見事なことだ。参ったよ。」

長い謎解きをした後、飛虎は肩をすくめて長いため息をついた。
諦めにも似た仕草をしたが、ふと後ろを振り向き、背後にある松の木を見た。

「まったくもう少しでお白州に引き出されちまうところだったよな、聞仲」

その声を合図としたかのように木の影から人影が現れる。
黒い衣装を纏った男は音も無く現れるとチラリと飛虎を見た。そして視線を甲太郎に真っ直ぐに向ける。
甲太郎の表情が初めて変わった。
横目でソレを見ながら飛虎は木に歩み寄る。

「さっき俺は鈴木と伊東の斬り合いに居合わせたとき、『俺達が見たとおり』って言っただろう?
お前さんを調べるには俺一人じゃ無理だよ、相棒が必要さ。それがコイツだってわけさ」

黒い衣装を纏った飛虎と聞仲が並ぶ。
一対の絵のような二人は今までの仮面を脱ぎ捨て、冷徹な本性を甲太郎の前に晒した。

「野口さんよ。お前さんの計画は完璧なようで穴が沢山あったのさ」







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