「それじゃあ、道中気をつけてね」 蝉玉が火打石を打ちつけながら二人を見上げる。 「途中で丹沢の酒を忘れずに買ってきてくれよ」 「俺は干物!」 発と天化は土産を勝手に要求してくる。 「分かっているが羽目は外さぬように」 呂望は保護者のような顔つきで飛虎を見る。今日は芸者姿ではなかったので小柄な少年(にしか見えない童顔)が大きな飛虎に言い聞かせる姿は何とも滑稽である。 それぞれの顔を一通り見てから、飛虎と聞仲は草鞋の紐をきゅっと結び立ち上がった。 「お前さんたちの土産の要望もご注意もちゃんと貰ったから安心しろ」 飛虎は振り返り、縦縞の旅羽織を引っ掛ける。 「たかが一月もかからぬの小旅行。お伊勢参りに行くわけでも無いんだから安心してくれよ」 「二人とも旅慣れているからご安心を」 軽い口調の飛虎に、聞仲の丁寧な口調が彼らのちょっとした不安を和らげさせた。 「そうね。今回は聞仲さんが居るから安心ね」 「こやつが拾い食いせぬように見張ってくれ」 「喧嘩しねえようにもな」 「あといい女にホイホイついていかないようにも」 「おめぇら…俺の事なんだと思ってるんだよ」 「・・・・日頃の行いじゃないのか」 「聞仲!お前までそんな事言うのかよ」 眉を八の字にして困った顔をする飛虎を尻目に聞仲は手甲を器用に身につけて蝉玉達に頭を下げた。 「さて。お見送りは此処品川までと致しましょう。暫く家を空けますが、宜しくお願い致します」 丁寧な礼をしてから態度は打って変わり、飛虎の背中をばしりと強く叩く聞仲。 「いてっ」 「もたもたするな。さっさと歩くぞ」 「分かったってば…。それじゃあな!」 飛虎は最後にもう一度振り向き、見送り人達に手を振ってから聞仲にせかされるままに歩き始めた。 潮風がふんわりと鼻を刺激する品川。 江戸湾で取れた新鮮な魚や海産物を取り扱う商人や宿屋の人間が朝から活気良くにぎやかにしている。 江戸の入り口であり出口のこの街で最後の見送りをしてもらった二人の男はこうして東海道を下り始めた。 退屈旗本侍と妻も家族もいない一人身の庭師。 気侭に足が向くまま、『どうせ江戸を離れるのならば』とばかりにあちらこちらと物見遊山。 街道を外れて鎌倉の聞仲は古刹を巡り、大仏と鶴岡八幡を詣で、飛虎は銭洗い弁天で財布ごと水浸しにした。 長谷の観音を参り、江ノ島では弁天様の白い裸体に飛虎が頬を緩め、聞仲が脛を蹴飛ばした。そして二人でサザエの壷焼きをそれぞれ3人前食べて茶屋の主を驚かせた。 馬入川(現相模川)を越え、大磯のなだらかな海辺を見ながら松林を抜け、二ノ宮、小田原と至り、箱根の関所は通らず南へ下り、根府川の関を越えて更に歩けば到着である。 そこは温泉と新鮮な海産物が待っている熱海である。 |